from the Centre Pompidou 2

上は西洋美術館前入り口前、ロダン 地獄の門
下は東京国立博物館に向かう噴水のある通り
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昨日、行きました。
ポンピドゥー・センター傑作展
at 東京都美術館

フランスと言えば、その基本に思えるので、
美術大学へ行くとどの国の人も同じような思考を持つということでしょうか?
簡単に言えば、作品はSFMOMAの縮小版のイメージでした。

はじめは造形があり
次にそれがこわれ
四角になり
最終的にポップになる

はじめはまじめに作家の言葉を読みながら作品を見、
その後、読まなくなり、足早になり、
最終的には絵の前に立ち止まらなくなり、
一緒に行った友人達よりも先に出る。

これがその出口
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別にない
ネット検索の方が何か見つかるかもしれない
一番、印象に残ったのはカンディンスキーの白黒作品を間近でみて
こんな妙な形を油絵でちまちま描く神経が、、、
あれだけが、お土産物売り場で一番私の目を惹いた。買わないけども。
トートバッグやTシャツにするにはちょうどいいデザイン。
絵としても今の空間に合わせ易いGoodインテリア賞です。
あのちまちました妙ないろいろな形が
臨機応変にその場で働きますねカンディンスキーさん。

数週間前にカンディンスキー検索をしていたときにBauhausが現れ、
ベルリンにバウハウス記念館(Bauhaus-Archiv)があるといことは
ガイドブックで知っていたのだが、そこには行かなかったことを
失敗したか?と思った。しかし、そのときは他の事を考えていたので
そこまで頭が回らなかった。

7月19日追記:
ピカソだけの作品集でも探してみるか。

日本初のLucas Cranach the Elder展が
西洋美術館で年末年始にあるらしい。
わからない
結局、私は6月まで開催していたらしき
Caravaggio展でさえ行かなかった。
見たい時に見たいものが見たいだけで、
日本に来たから見に行くというわけではないらしい、、
タイミングの問題か(?_?)
それともBerlinの美術館恐怖症が蘇ったのか?
実は美術館に限らず、主要なものを数個見つけたと思ったら、
もうあとはいいや、と、さっさと立ち去るクセがついている。
”もっとよく見れば何か見つかるかもしれない”という気が起こらない。
パッと見判断で済ませる様になっている。

なので、このポンピドゥーも自分が主要だと思ったところでは立ち止まり、
そうでもないと思うと歩きながら見て終わりにした。
作家の言葉もどうでもいいと思った。
ピカソのように、私が見たいと思ったアーティストは
私にも分かり易い言葉を残しているが、
その逆の作家、つまり興味を持てない作品の横にある言葉ほど
私には訳の分からない言葉をつらつらと言っていたので、
これは読んでも、見ても分からん(?_?)という結論になりました。
私の勝手な憶測だと、、、
彼らは絵を勉強しながら、自分探しをしているのか?
例えば、
”私はこれは、こうではなく、こうすることで、
こうなるのだということに気づいたのだ、、、”
みたいな
それで、絵を見ると、”…っで、これなの?”
なんだろうか、随分と苦悩を感じるが、大丈夫なのだろうか(?_?)

Author: Hariillustrated

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